クラシックホテルズ探訪「日光金谷ホテル」

文・写真/富田昭次

2年前に創業130周年を迎えた日本を代表するクラシックホテル、日光金谷ホテル。その伝統あるホテルが130周年を契機に、歴史的遺産を改めて掘り起こし、いま再び輝きを放ち始めているという。実際に日光金谷ホテルを訪ね、いまの魅力を解き明かしてみた。

日光金谷ホテル

日光金谷ホテルの外観。左が明治26年建築の本館で、右が昭和10年完成の別館。別館建設時に地面を掘り下げて、本館を三階建てにした

1.温もりあるジャズレコードの音色

夕食の前に食前酒をいただこうと思い、バー「デイサイト」の扉を開けたときのこと。暖炉で薪がはぜる音とともに、優しい音色のジャズの響きが耳をくすぐった。「おやっ、ジャズ喫茶に入ったような感じがするぞ」
カウンターに陣取ると、その理由が分かった。古いジャズレコードを真空管のアンプでかけていたのである。「なかなかいい雰囲気ですね。レコードをかけるホテルのバーなんて、初めて見ました。以前からでした?」
「1、2年前からなんですよ」とバーテンダー氏。聞くと「私のジャズレコードもかけて」と持ち込むお客様もいるとか。中には2,000枚のコレクションを寄贈しようという御仁まで現れたというから、さすが、クラシックホテルだなあと感心してしまった。

2.東照宮のお膝元のホテルらしい装飾

ヘボン式ローマ字を発明したヘボン博士。日光金谷ホテルの歴史は、彼の「ホテル業を始めたらどうか」というアドバイスから始まった。その証拠に、フロントには、ヘボン博士と創業者・金谷善一郎の写真がいまでも並んで掲げられている。でも、最初に営業が始まったのは、侍屋敷と呼ばれる日本家屋でだった。現在地に移り、いまの本館で開業したのは明治26年(1893)のことである。
それにしたって凄いことだ。すでに110年以上経っている建物が現役で使われているのだから。また、極彩色の日光彫りなど、その装飾を見るだけでも面白い。陽明門をはじめとする東照宮のお膝元のホテルらしい特色だ。

3.試行錯誤の末に再現されたライスカレー

いまどき、滅多に体験できないスチーム暖房で暖かい夜を本館1号室で過ごした翌朝、午前9時から開いている新しい展示室「金谷の時間」を見学した。二代目の金谷眞一が使った大きな机や料理のレシピ、戦後このホテルを接収したGHQの置き土産・軍用電話機など珍しいものが展示されている。
そう言えば、昨夜いただいたディナーは、明治、大正、昭和の各時代に出されていた料理を再現し、組み合わせたものだったが、私の興味を引いたのが最後に出てきたカレー。歴史を調べると、ライスカレーが頻繁に出されていたことが分かり、現在の中西料理長が昔のレシピを見ながら試行錯誤を繰り返し、再現に成功したものだという。後で分かったことだが、このカレーは「百年ライスカレー」と命名され、コーヒーショップでも味わえるし、お土産としても販売されていた。
それはそうと、ロビーの奥にも展示室があるのに、なぜ、新たに展示室を設けたのだろう。
「蔵にいろいろなものが大切に仕舞われていましたが、所蔵品は、皆さんに見ていただいて初めて意味のあるものになると思ったからなんですよ」
そう語るのは、金谷家のご出身で、3年前に社長に就任した井上槇子さんである。

4.歴史的遺産「金谷の時間」の見所

井上さんは、テストの点数で人間を差別するのはやめようという考え方で開校された自由の森学園(埼玉県飯能市)の創設と運営に携わった方。それだけに、独自の哲学と発想でホテルを経営していらっしゃる。
実は、展示室「金谷の時間」の開設の目的は物の展示だけでなく、もう一つあるという。
「創業者の善一郎も二代目の眞一も素晴らしい人物だったと思います。でも、ホテルというものは一人ではできませんでした。例えば、内装の真鍮の部分をきれいに磨く人、屋根を修理する人というように、文字通り、縁の下を支えた人々がいて、金谷ホテルは創業130周年を迎えることができたのです。そのことを皆さんに知っていただきたくて、設けたものなのです」
そう言われてみると、かつてホテルで働いていた人々の写真がいくつも展示されている。園芸部、畜産部、消防隊… ホテルはそういった部署の働きで成り立っていたのだ。
金谷ホテルではかつて、近くの池から氷を切り出し、氷室(ひむろ)に収めて食材の保存に利用していた。氷の切り出しと運搬は重労働で、従業員はこれが終わらないと、冬の休みが取れなかったという。

歴史あるホテルに泊まるということは、そうした人々の汗と涙と喜びを知ることでもある。そして、そういうことを知ることで、人は優しい心を持つことができるようになるのだと思う。
大正11年(1922)から従業員スケート大会が開かれている。初めは従業員とその家族の楽しみのために催されたが、やがて日光町内の人々が見物にやって来て、町の娯楽となった。ホテルは町の人々にも楽しみを提供していたのである。従業員が仮装した姿の写真から、子供たちの楽しい笑い声が聞こえてくるようだ。

別館入口横の彫刻装飾。尾長鶏や獅子、虎が出迎えてくれる

フロントに飾られた創業者・金谷善一郎(右)とヘボン博士の写真。この横には、かつて滞在した英国の旅行家イザベラ・バードの写真も飾られている

本館の最初の食堂となった、現在の小食堂の格天井(ごうてんじょう)の花鳥風月画と柱頭彫刻

メインダイニングルーム隣ロビーの鳥居の形をした鏡。ホテルでは一つ一つデザインに凝った鏡を館内に備え付けていたという

メインダイニングルーム暖炉の上の彫刻「迦陵頻伽」(かりょうびんが)。会津小荒井の吉田仙十良の作品で、迦陵頻伽とは上半身が美しい女性で、下半身が鳥の形をした想像上の生き物という。岩絵の具の彩色が美しい

メインダイニングルーム前の階段の独特な擬宝珠(ぎぼし)装飾。近くの名所・神橋(しんきょう)を思わせる欄干の装飾も見られる

神橋の欄干をかたどったキータッグ。ロビーには手紙が書ける小机が用意されている

懐かしい円柱形の赤いポストが本館入口横に設置されている。友人に手紙を出してみてはいかがだろう

ロビーに置かれている明治時代のブリタニカ百科事典。どのような人々がページをめくったのだろうか。そんなことに思いを馳せていると、時間はゆっくり流れていった…

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